参議院選挙によせて −その5 「柿」 市長選 開票前夜
選挙運動からの開放感とすべてやることはやった、という充実感からか、その夜の父はとても元気だった。私は開票を待たずに、タクシーに乗って朝一番の新幹線で東京の家族のもとに帰ることになっていた。
父がどうしても、自分でタクシー会社に電話をかけると言い張った。
「岡山のタクシー会社に登録した番号で電話すると、会社のパソコンに地図がでるらしいんだよ。」と父が当たり前のことをさも得意げに言うのでおかしくなり、「それは全国どこでもそうじゃないの?」と言ってしまうと、父は子供のようにムッとした。
タクシーを呼んでもらえないと大変なので「さすがに岡山はすすんじょりますなあ」とあわてて憶えたての岡山弁でフォローすると「そうだろ」と機嫌を直しておもむろにダイアルしてくれた。
3時間ほど眠ると、窓からうっすらと白い明かりがさしこんでくるのが見えた。
開票日の朝が来たのだ。
朝5時を知らせる携帯のアラームがなっているので、手を伸ばして止めた。5時半にはタクシーがくるから、疲れている父と母を起こさないように静かに家を出ようと思った。歩きすぎたせいか、体のあちこちが痛む。10月とはいえ、この時間ではまだ肌寒かった。
着替えて和室をでると、私は仰天してしまった。
疲れきって熟睡しているとばかり思っていた父と母が、二階から大きな音をたてて下りてきたからだ。今朝はこの二人がゆっくり眠れる、何カ月ぶりかの朝のはずだ。私の視線に気がつくと、父は少し照れくさそうに
「娘が東京に帰るのを、見送らんわけにはいかないからねえ。」と誰かに聞かせるようにつぶやいた。
洗面所であわてて髪を直していると、台所の流しの前に立っている父の姿が、鏡にうつって見えた。
父は台所にたって柿をむいてくれていた。見かけによらず父は器用で、果物の皮などはスルスルと綺麗にむいてしまう。それでも父がこんなことをするのは何年ぶりだったのだろう。ほどなく、して、白い平らなお皿に盛られた柿を、父が私の顔の前に差し出した。
「駅のお店で何か食べるから・・。」と口ごもりながら答えたが
「まあ、ひとつ食べていきなさい」と父はさらにすすめてくれた。
正直、柿はあまり好きな果物ではない。ただ父の一番の大好物であることは知っていた。
これが父の精一杯の感謝の表現なのだと思うと、一番小さいのを選んで無理に口に押し込んだ。喉に熱い塊がこみあげてくるようで、上手く飲み込めなかった。
やがてタクシーが時間通りに到着し、両親は玄関の前で見送ってくれた。車の前まで、いそいそと荷物を運んでくれた母には、
「東京でいい知らせを待ってるからね。決まったらすぐ電話してね。」と元気に言うことができた。
だが母の後ろに、立ってる白いウィンドブレーカーをはおった父の顔を見ると胸が詰まった。その瞬間にこの夏の出来事全てが胸に迫って、何もいえなくなってしまった。
その時の父は、玄関の脇でどこかふわっと立っているように見えた。その時久しぶりに、本当に久しぶりに、父はいつもの胸をはった「候補者」でも「代議士」でもなく、「お父さん」に戻ったような気がした。
父は何か言いたげだったが、その瞬間の気持ちを言葉であらわすことなど、お互いにとてもできなかった。私は荷物をタクシーの中に置いたまま、もう一度父のところまで駆け戻った。元気付けるような景気のいい言葉を言ってあげたかったが、とても言葉にならなった。もうこれ以上父に辛いことがおこらないように、とただ父の背中に手をまわして守るようにさすってあげることしかできなかった。
涙がでそうになったので、あわててタクシーに飛び乗り、
「じゃあ東京からお祈りしているからね。しっかりね!」と窓ごしに叫んだ。
車がゆっくりと動き出し、父と母が玄関前で手を振る。
バックミラーにうつるその姿がだんだん小さくなって、やがて見えなくなった。
柿のやさしい、素朴な甘さだけが、いつまでも口の中に残っていた。
くましろ昭彦長女