参議院選挙によせて −その4 「最後の挨拶」
それから数時間後、私は岡山プラザホテルの1室の壇上にいた。マイク納めの後の最後のお礼の挨拶をするためだ。
どの顔も、見覚えのある懐かしいお顔ばかりだった。日に焼けた優しい顔。ある方には初当選の時から、そして違う方には2回目の選挙からお世話になった。こんな逆風の中でも父を支えてくださったことに、どう感謝をしたらいいかわからなかった。
「私たちは代々が政治家の家ではありません。沢山の方達に手を引かれて、導かれて、右も左もわからない私たち家族はこれまで懸命に長い旅をしてまいりました」
ショールをまいて、雪の降りしきる山道を唇をかみしめるようにして歩く母。
夏のきつい日差しを受けながら、候補者のたすきをかけて懸命に走る父。
ふいに12年前の自分の姿も浮かんだ。
スイカ畑の間の道を転びそうになりながら案内役の方について走り、保育園の庭に立って不思議そうに見上げる子供たちとお母さんの前で所在なげに挨拶をする自分。
それから12年前のプラザホテルの光景も浮かんだ。会場を埋めつくすような人から頂いた、さざ波のように広がる大きな拍手。応援に駆けつけてくださった橋本龍太郎先生の温かい笑顔。
ふと部屋の前方をみると、「くましろ昭彦」のロゴ入りの緑のポロシャツ軍団が大勢入り口の付近で見守ってくれていた。
いつもいたらない私たち家族を見守ってきてくださった、頼もしい「チーム熊代」だった。この方達こそが私にとっての本当のヒーローだった。土曜も日曜もなく、朝早くから車を飛ばし、パンフレットを配り、大きな声をだして頭をさげてくれた人達。恩返しをするには勝つしかないのだ。
深々と頭を下げてつたない話しを終わった。話し終わるともう立っている気力も残っていなかった。沢山の方たちが出口で握手をしてくださり、口々に激励してくださった。
こうして、父の岡山市長選での選挙運動は終わった。
くましろ昭彦長女