参議院選挙によせて −その3 2005年岡山市長選挙選 最終日
市長選挙の思い出です。本当に多くの人たちに助けて頂きながら、最後の二日間は、どこまでも、どこまでも歩き続けました。その時の記録です。
岡山市の表町のあたりを歩くのは、93年の中選挙区での選挙以来、久しぶりのことだった。
「きびだんご」で有名な廣栄堂武田本店の前でひかれそうになったことなどを、懐かしく思い出しながら、無我夢中で歩き続けた。
立派な門構えの並ぶお屋敷街を通りぬけ、少し人通りのさびしくなった感のある商店街を抜け、どこまでも坂道を登り、そして下った。
この道を歩いていると12年前の選挙をどうしようもなく思い出した。応援してくださる方々。今より少し若かった父。そして私は、まだ大学をでたばかりの本当に世間知らずの子供として応援に加わっているにすぎなかった。
温かい激励をいただいて勝利に向かって着実に歩いているように思えるときもあれば、どうしようもなく大きな敵と戦っているような無力感に襲われることもあった。
12年前のこの道は、父の初当選への道だった。この道は、今度はどこに続いているんだろう?
暑さと疲れのせいで意識はときどきふっと遠のいたり、また妙にクリアになってきたりした。
−もしかしたら、父は負けてしまうのかもしれない。
−どんなに頑張っても、ちっぽけな力など遠く及ばないところで、もう全ては決まっているのかもしれない。
そうかもしれない。ただ、選挙の勝ち負けよりも、何よりも伝えたいことがあった。
それは父の誠実さだった。
父と母の誠実な生き方を、二人が懸命に支えあって歩いてきたこの12年間を、一人でも多くの方に知ってほしかった。マスコミの報道などで父を誤解している方でも、その子供が頭を下げて歩いていくのを見たら、父という人間について考え直すきっかけを持ってくださるかもしれない。
一人でも多くの人に父の本当の姿を知ってもらいたい。それこそが、私のめざす勝利だった。
夕方に予定された選挙期間中の最後の大きなイベント「桃太郎ウォーク」の時間がやってきた。父と支援者の方たちの投票をよびかける行進だ。小雨がふりだしたが、案内してくれる方と私はかまわずに歩き続けた。これまでにも何回も挨拶まわりはしたが、意識が遠くなるほど、歩いたのはこれが初めてだった。あと何時間歩けるだろう、あと何人の方と握手ができるのだろう。いつの間にか夕闇が迫っていた。
父の「マイク納め」まで、もうあと数時間だった。
くましろ昭彦長女