東京の街宣で熱く語る!
■2007/4/11(水)
百合子の送りで岡山駅へ。訳あって私のプリウスをおっかなびっくり百合子が運転。岡山駅前から走って8:06のぞみに間に合う。日頃からのジョギングのお陰だ。
11:30東京駅。有楽町駅から地下鉄有楽町線に乗って砂防会館へ。
12:00から国民新党の総会に出席しました。
統一地方選挙で、公認候補1人、推薦候補22人の当選を出したとの報告がありました。私は岡山県議会議員に見事当選した福田通雅さんに推薦を頂いたお礼と、次点との差がわずか683票差で競り勝ったお礼を申し上げました。
そして、差し出がましいようですが、国会対策も物理的対応ではなく委員会の質問において渡り合ってほしい旨の意見を言いました。
その後、14:00から有楽町マリオンで街頭演説、中村候補予定者と私と2人で、頑張りました。今回は、街宣車の上からではなく、下に降りての街頭演説です。やはり違うもんですね、目線が合うんですね。

何人もの人が立ち止まって聞いてくれました。以前とは少し感じが違う。そんな気がしました。
国民新党こそ、自らの身分の安全よりも国民の利益を大切に考える8人の国会議員と14人の参議院議員候補(全国区10人、選挙区4人)だ。郵政民営化は3事業一体の民営化でなければ、郵政事業は破壊される。そのことが分っていながら、選挙で当選するためには、4分社化に反対しないという踏み絵を踏んで、自民党に帰った現職11人の衆議院議員、また1人の前衆議院議員の姿を見れば明らかだ。それ以前は4分社化に反対していたのに突如裏切って自民党に残った多くの衆参の議員の方がさらに信念がない。寄らば大樹の陰の輩ばかりの自公に万年政権を任せておいて大丈夫か。戦前の大政翼賛会を思い起こさせる。
しかし、あの時は昭和15年に反軍演説をした「ねずみの斉藤隆夫」衆議院議員がいた。彼が居たから日本の国会はかろうじて道義的に救われたのだ。
私も「シロクマのくましろ昭彦」がいたから日本の国が救われたと言われる参議院議員になりたい。是非私を支えて国政の場に戻らせて欲しい。私は4分社化の踏み絵を拒絶し、自民党を離党した。政権交代のある新しい日本を創る為だ。
また、7月22日の参議院議員選挙で公明党と自民党の連合軍を64議席如何に押さえ、与党を参議院で少数にする。そして、国民新党がキャスティングボートを握り、最後のチャンスを見事ものにし、3事業一体の民営化に改革する。
自民党の参議院の大幹部も今度も自分が当選したら3事業一体の民営化に変えると言っている。我々に主張の正しさを認めているのだ。しかし、参議院で自公が過半数割れにならなければ3事業一体に変える大義名分がないのだ。そこに自民党議員の悲劇がある。
そこから街宣車に乗り、1時間近く掛けて新宿西口まで街宣。本当の本間ものの保守政党である国民新党をしっかり調べて見直して欲しいと訴え続けた。反対するばかりでなく卓れた代案を出している国民新党。郵政3事業一体の民営化、年金格差縮小こそは本当の年金改革を実現する「基礎保障年金の導入」、NPOを強くする政策、医療保険、介護保険、障害者対策、少子化対策などにしっかりした代案を出している。
16:00からは新宿の西口で街頭演説です。ちょうどその頃から雨が降り出し、濡れながらの必死の演説を頑張ってきました。
17:00から演説の大家に来て貰って演説の仕方の大変革を学ぶ。
夜は娘の家庭でご馳走になった。明日は北海道へ入ります。北海道でも頑張ってきます!