経済・保健福祉研究会第59回セミナー講演録
日時:平成18年8月30日(水)
場所:ルポール麹町3F「マーブル」
講演:「社会保障の展望」
(財)児童育成協会理事長 吉 武 民 樹 氏
演題:「今、時代の課題は何か?」
元内閣府副大臣・前衆議院議員 熊 代 昭 彦
■開会の挨拶
元内閣府副大臣・前衆議院議員 熊代昭彦
本日は大変お暑い中、まだ八月が終わらない中、「経済保健福祉研究会」をこうして開をさせていただきました。従来よりも少し早めたということで、誠に申し訳なかったわけでありますが、それにもかかわりませず、多くの方がご参会賜りまして、誠にありがとうございます。また、これまで本当に力強いご支援を賜りまして、心から感謝を申し上げる次第でございます。
お食事はどうぞご遠慮なく、ずっと続けてください。これはもうシンポジウムですから、食べながら聞くということでございますので、講師のお話が始まっても、どうぞ続けていただきたいと思います。心から感謝を申し上げる次第でございます。
今日は、吉武さんに講師をお願いいたしまして、日本の社会保障の将来展望ということでお話をいただきます。厚生省、四十七年採用でありまして、最後は年金局長をされまして、例の、百年大丈夫だという年金改革をされたのです。日本ではもう、いろいろ甲論乙駁ですが、アメリカとか諸外国では、あれだけのマクロ経済スライドをよく入れたというようなことで、大変高い評価をいただいたものでございます。
厚生省のいろいろなポストを歴任されまして、見事に年金改正をなし遂げられましたので、事務次官候補であったのですが、残念なことながら、何かえらい印刷ミスが沢山ありまして、分厚い正誤表を出さされたということで、責任をとらせろみたいな妙な話が出てまいりまして、そういうことでございまして、年金局長を最後に退職された方でございますが、しかし、実力は本当に事務次官クラスということであります。9月1日には、厚生省も人事があるようでございます。新聞で既にご承知のとおりでございますが、四十六年組の事務次官が誕生する。四十七年組はガラッと空いていまして、四十八年組が二人残っているということであります。
若干不適切ではございますが、まず、そういう裏話を若干申し上げまして、私のほうは後ほど、今の時代の課題は何かということをお話しさせていただきたいと思いますが、まずは年金を中心に、現在は、「こどもの国」で少子化対策も担当していらっしゃいますので、本当に社会保障全般について、すばらしいお話をいただると思います。吉武先生の今日の素晴らしいお話にご期待申し上げますとともに、今後ともますますご活躍をいただくことを祈念を申し上げまして、紹介の言葉に代えさせていただきます。本日は誠にありがとうございます。どうぞよろしくお願いします。
それでは、吉武先生、よろしくお願いします。
■講演:「社会保障の展望」
(財)児童育成協会理事長 吉武民樹氏
ご紹介をいただきました吉武でございます。どうぞよろしくお願い申し上げます。
熊代先生が三十八年に厚生省に入省されまして、私は四十七年でございまして、直接、熊代先生にお仕えしたこともございます。亡くなられましたが、五十九年の健保法の改正をされた吉村仁さんという保健局長、それから次官をされた方、当時官房総務課長をしておられまして、熊代先生が官房総務課の筆頭補佐ですね。当時、人の数が非常に少なかったこともあって、人事課の補佐も兼任されていまして、若手の人事を考えるという。それから、いわゆる法案の審査でありますとか、また省内の政策の調整でありますとか、また、総務課長自身は、まさに国会での国会対策と申しますか、当時の感じで申しますと、もう官房総務課中心に厚生省は動いていったようなところでございますが、そのとき、私は審査係長ということで、直接お仕えいたしました。
ご覧のとおり、非常に温厚で、当時からも非常にあれですが、一度だけ厳しく怒られたことがございます。審査係というのは、国会との連絡、閣議との連絡がありますので、端的に申し上げると、朝から晩まで誰か詰めておかなければならない。危機管理みたいなことですが、審査係全員で昼飯を食べに外に出たことがございまして、そのときに熊代先生が補佐で残っておられて、政令案件ですね、予防接種の健康被害の補償制度ができまして、政令をその日の閣議にかけるという案件がございました。基本的には、大丈夫だということだったのですが、直前になりまして、調整が不十分なところが出てまいりまして、閣議決定を遅らせるというのが突発的に出てまいりました。本来、審査係の仕事ですが、私どもは食事に出ていたものですから、先生に対応していただいて、一度だけですが、非常に厳しくお叱りを受けて、ああそうだな、気を抜いてはだめだなという、今でも記憶がございます。そういう意味で、役所というのは、まさにそういう慣れにならないように、気を抜かないでちゃんと仕事をやれということだったと思っております。
今日は、先生からお電話をいただきまして、お話をしろということでありますが、退官して二年もたっておりますので、どちらかと申しますと、直接の最近の厚生行政の動きは、新聞とか、専門誌で拝見していることですが、お手元に二つ資料を用意させていただいております。できましたら、三、四十分お話しさせていただいて、あとはせっかくですので、何かご質疑なりございましたら、お答えしたいと思います。
一つは、「特別提言」と書いてありますが、これは二月ごろにある学会の雑誌に、「書け」と言われまして書いたものであります。そういうこともありまして、少し英語の要約の紹介なども書いておりますが、「我が国の社会保障と知的障害者福祉のこれから」ということであります。
中身は三つ書いてありますが、特に最初のところの「社会保障の量的な側面」についてを中心にお話し申し上げたいと思います。その後、若いころから非常に関心を持っておりまして、社会保障のシステムというのは、国とか自治体がやるだけではなくて、ご案内のとおり、例えば社会福祉法人とか、医療法人とか、あるいはボランティアの方とか、最近ですと、まさに熊代先生がご尽力されましたNPO法人とか。更にずうっとブレークダウンしますと、地域のネットワークの仕組みの中で成り立っているということだろうということがあります。
そこで、かつて若いころに、イギリスの全国社会福祉協議会に一年半ほど派遣させていただいて、イギリスの福祉の姿を少し見たことがありまして、そのころからずっと思っていることがありますので、そこの点も、時間がありましたらご紹介申し上げたいと思います。
また、年金のほうは、これは厚生省労働省のホームページで、数理課が作っております、財政についてのエッセンスだけを少し出しております。前回の改正の概要みたいな点でありますが、ここも後から簡単に、ポイントだけお話し申し上げたいと思います。
最初のところでありますが、ここに表が幾つかありまして、文章は後から読んでいただいたらと思いますが、OECDがここ十年ぐらい、各国と連携しまして、社会保障のトータル、社会保障というか、OECDの概念は社会支出という概念になっております。日本の社会保障給付費などと少し違いますのは、例えば住宅などで、住宅の助成制度は、ヨーロッパではかなり持っておりますから、そういうものも入っております。教育は入っておりません。ですから、日本の社会保障給付費プラス住宅と考えていただければいいと思いますが、それを少し重層的に分析しようということをしております。日本では、社会保障審議会の年金部会長をされました宮島先生、東大の経済学部長などをされた、財政学の方ですが、官邸の懇談会の座長などもされております宮島先生が、この研究には、日本側で相当深く関与しておられます。
従来と少し違いますのは、厚生労働省も従来からそうですが、社会保障給付費という、要するに、支出を見て、そして片一方で負担ということですので、保険料あるいは国庫、あるいは自治体の負担という。それで、支出の負担を見て、社会保障の大きさ、政府の大きさを計測しているわけですが、表1の左をご覧いただきたいと思います。
「粗公的社会支出」。「粗」というのはグロスという意味ですので、公的な社会支出、自治体なり政府が行う社会支出のお金の総額です。年金であると、年金の給付費。医療であれば、医療にかかわった、一部負担を除いた費用総額。生活保護であれば、生活保護のお金そのもの。そういうものをみんな足し合わせたものであります。
その二番目に、「マイナス直接税と社会保障拠出」とあります。これは、結局、そういう給付費に対して税金、直接税ですから、所得税あるいは住民税。また、社会保障拠出は、それから更に社会保険料を払っていただくということがどの程度行われているかということであります。
三番目が、「マイナス現金給付への間接税」ですので、これは主に消費税。現金給付という意味で申し上げますと、典型的な年金でありますが、年金をまた使われて、その使われたものに対して消費税がかかってくるということであります。
これを二つマイナスしまして、三番目が「純直接公的社会支出」。これはいわゆるネットと言われる概念でありまして、受け取ったお金の中から、実際に税で払ったり、あるいは社会保険料を払ったりして、普通ですと手元に残るのですが、実質使えるお金が「純直接公的社会支出」。これは支出のほうからです。
その次にありますのが、「現金給付と類似する租税当優遇措置」。これは例えば所得税における障害者控除とか、あるいは年金の特別控除とか、あるいは母子家庭に対応する控除とか、そういう社会目的を持って課税を低くする。課税を低くするというのは、払う税金は少なくなるわけですが、非課税措置なり、税制上の軽減措置をとらない状態から比較しますと、ある意味で現金給付が行われているのと非常に類似しますので、そこを計測したものであります。
その次は「純私的社会支出」。これは非常に難しい概念ですが、典型的に考えていただいたら、例えばアメリカの企業がやっている医療保険です。アメリカはご案内のとおり、高齢者の医療、日本で言う低所得者の医療は公的にやっておりますが、働いている人に対する医療保険はないわけであります。それは現実にはどうしているかというと、アメリカは、社員の負担はほとんどなしで、企業が負担で出している。それが最近で申し上げますと、GMなどの企業負担で、GMの経営再建の一番のカギはここにあるのではないかと。この負担が非常に大きいものですから、この負担にあえいで、GMの企業経営は非常に厳しくなっているということであります。
もう一つ。公的年金は、アメリカは結構立派な公的年金がありますが、それプラス、四〇一系を初めとして、非常に分厚い企業年金があります。これも基本的には企業拠出です。四〇一系の場合には、本人拠出という異質な要素が少し入っておりますが、基本的には企業拠出です。それは、例えば個人で行う私的な年金などとは少し違うだろう。個人の場合には、それはある意味では貯蓄でありますが、それとは違って、基本的には企業負担で、企業単位あるいは企業連合の単位で、国なり自治体がやるような社会保障給付費とほぼ同じものを行うという形であります。
これをプラスいたしまして、最後にありますのは、「純社会支出総額」ということになります。ですから、この純社会支出総額というのは、国なり自治体が行っている社会保障給付の手元に残る部分、それプラス企業が行っている、国、自治体がやるような年金、あるいは医療に非常に近いものを組み合わせたものであります。
この表は七カ国を取っております。これはほかにもいろいろありますが、七カ国を取りましたのは、スウェーデン、デンマークは、北欧の福祉国家と言われる。日本では、この二つの国が理想的な福祉国家だとおっしゃる方もおられるのですが、私は必ずしもそうでもないということを申し上げたいと思います。また、フランス、ドイツはある意味で似通っております。また、イギリス、米国という英米圏、それから日本であります。
上を見ていただきますと、「GDP(要素費用表示)」。このGDPの要素費用表示というのは、分母には消費税は入っておりませんので、要するに、国内生産の総合計と考えていただいたらいいと思います。純粋に国内で作られる富の総合計だろうと思います。分子になりますのは、課税などを差し引いて、手元に残ったお金で比較しますので、要するに、国内の富の総合計が、この社会保障分野にどれだけ配分されているかという比較をするときには、この形式で比較するのが一番適切だろうということで、OECDもこの指標をとっております。
実際に、国民所得に対する負担率などを考えますときは、むしろこれは消費税を入れるべきではないかという議論のほうが強いだろうと思います。そうしませんと、社会福祉給付のためにこれから税制改革を行って、例えば消費税の財源を入れていくといった場合に、そのことによって、本当は分母が大きくなって、分子の社会保障給付費も大きくなるのですが、それが分母は変わらず、分子の社会保障給付費だけ増えるということになります。見かけ上、給付費なり負担が非常に大きく見えるという欠点がありますが、こういう比較のときには、分析の手段としては、むしろこちらのほうが適当であろうと思います。
上をご覧いただきますと、スウェーデンが三五・一、デンマークが三四・二。この二つを見て、これらの国は福祉先進国だと言われるわけであります。その後は、フランスも結構高いわけですが、フランス、ドイツが三〇から三三、イギリスが二五、アメリカは一五、日本が一八・五。アメリカと日本は、それぞれ独自のことがあります。日本は、そういう意味では高齢化は非常に進行しておりますが、まだ高齢化のピークには来ておりませんので、後から未来の姿を検証しますが、日本は、むしろそれを見ながら考えていく必要があるだろうということです。
次をご覧いただきたいのですが、「マイナス直接税と社会保障拠出」。これはスウェーデン四・二、デンマーク四・八と非常に高いわけであります。それで、フランス、ドイツは一・五から一・四。イギリス、アメリカ、日本は非常に低い。ここに典型的な型が現れておりまして、英米圏と日本は、どちらかと申しますと、社会保障給付に対する課税という意味では非常に寛大な国でありまして、基本的には課税をしないというポジションをとっております。また、スウェーデン、デンマークは全く構わず、同じように課税をしていく。典型的にはスウェーデンの住民税でありまして、スウェーデンの住民税をご覧いただきますと、課税最低限が非常に低い。ですから、住民税を払わない住民はほとんどいないというのがスウェーデンの税体系であります。
また、税率が非常に単純な税率であります。累進税率ではなくて、せいぜい二段階ぐらいの税率で、非常にフラットな税率であります。これは多分、スウェーデンとかデンマークという北欧国家の成り立ちと申しますか、バイキングというような、昔をたどればそういう国家でありますし、海に出ていった国民性もありますので、基本的には、特に自治体の税というのは、受益に対して課税するということだろうと思います。累進的な所得税よりも、むしろそちらのほうがかえって公平ではないかという観念が非常に強いであろうし、国民もそれに慣れていると申しますか、それを当然のものとして受け入れているという素地があるだろうと思います。
また、消費税のところは、ご覧のとおり、これは消費税率の高さが出ております。それで、比較いたしますと、例えばスウェーデンは三五・一に対しまして、両方足しますと七・一ということになる。ということは、社会保障給付費に対して二割、何らかの意味で課税されている。担税率は二割あるということであります。
デンマークはもっとすごい状態でありまして、三四・二に対して八・七。ですから、これは二割五分ぐらい。フランスが四・八ですので、大体一五%。ドイツが三・七ですので、一三%程度。イギリスが非常に低そうですが、両方足しますと二・六ですので一割。アメリカが一ですので、六%。日本は〇・八ですので、五%と。ここに、同じ社会保障についても、それに対する課税なり拠出という意味で、考え方の違いが非常にあります。
あと、ポイントを少し申し上げますと、「純私的社会的支出」をご覧いただきますと、米国が九・〇、日本もこれは結構高くて三・五、イギリスが四・二。これはどちらかと申しますと、英米圏と日本は、こういう企業の自主的な努力を割と大切にする国柄で、日本の場合には、相当部分が多分企業年金だろうと思います。アメリカの場合には、実際に働いている方の医療保険と企業年金。ここの厚さをどう考えるかというのは、例えば厚生省の人間は、公的な社会保障をやりますので、「こんなものはいいんだ。アメリカなんてひどい国だ」などと言うのですが、必ずしもそうではないだろう。量的に相当大きな企業拠出をしております。
もちろん、難点はいろいろありまして、企業の力によって違ってくるわけですから、アメリカでも小さな企業に働いている方には、こういう企業の提供する医療保険がないと言われておりまして、そういう意味で、無保険の方が何千万人おられるのではないかというところもありますが、しかし、相当の底支えになっているということではないかと思います。
もう一つ、税のところも非常に違いがありまして、スウェーデン、デンマークはゼロです。スウェーデン、デンマークは、税において、例えば障害者とか高齢者に対して特別な措置はもうしないと。ですから、年金給付費であろうが何であろうが同じような所得と見て、同じような所得水準であれば、同じように住民税なり所得税を掛けていくという、非常に割り切った国ですから、これは首尾一貫しているのだろうと僕は思います。
また、日本、アメリカ、イギリスは、どちらかと申しますと、そういう社会福祉給付に対してあまり課税しない。それだけではなくて、税の負担の面でも、そういう社会保障の対象となるような人に対しては特別な措置をとって、税負担を軽減していくということをしている。また企業負担も結構あるという国だろうと思います。この二つの違いみたいなところをどう考えていくかというのは、日本の社会保障の分野では、議論されているようで意外と議論されていないのではないかと思います。
最後のところを見ていただきますと、デンマークは、実は二六・四になってまいります。ですから、最初の数字とは随分違ってきまして、この中で見ていただきますと、フランス、ドイツ、スウェーデンは三〇前後でほぼ一緒です。ですから、デンマーク、スウェーデンが飛び抜けていて、フランス、ドイツがそれを追っているというのはどうも虚像であって、トータルの姿で見ると、これらの国はほぼ一緒ではないかと思われます。
また、イギリス、米国。米国は非常に低いと言われているのですが、ここで見ますと、アメリカでも約二五%、イギリスは二七%、日本は二二%という状態です。非常に達観して申し上げますと、このトータルの量で見ますと、発達した自由主義経済の国では、こういう社会保障のトータルの配分というのは、ある程度高齢化が進むと、四分の一から三割ぐらいというのが、期せずしてそういうところに落ち着いている。ただ、その出し入れのパターンは相当違うということだろうと思います。
次に申し上げたいのは、では日本はどうなってくるかということでありますが、これは資料がなかなかありませんで、次のページの表2をご覧いただきたいと思います。これは平成十六年五月の厚生労働省推計であります。これは社会支出とは違いまして、社会保障給付費で推計を行っておりまして、それを手掛かりとしております。これは年金改正の効果は入っております。その後の介護保険、また今回の医療保険制度改革の効果は入っておりません。
これをご覧いただきますと、日本のところで、二〇〇四年で一七%、これが二〇二五年で二一%。四ポイントぐらい上がっていくのではないかというのが当時の予測であります。
その次のページに少し書いてありますが、この後、介護保険の改革なり医療保険の改革が行われておりますので、この四%増というのは多分少し圧縮されて、今二ないし三%ぐらいの状態になってきております。これが多分二〇二五年の姿になってくるだろう。そうしますと、先ほど、日本が現状で二二%2ぐらいでありますので、放っておいても、多分二〇二五年ぐらいには二五%ぐらいになるだろう。そうすると、先ほど申し上げましたのは、大体二五から三〇という範疇に日本も入っていくだろうというのが一つであります。
ただ、日本は、多分もう一つ難しい点と申しますか、厳しい点があるだろうというのは、4ページをご覧いただきたいと思います。表3で、「基礎年金の被保険者数、受給者数の見通し」がありますが、社会保障給付の推計は、従来から、医療・介護・福祉等を含めたものは二〇二五年までしか出しておりません。年金の場合には百年ぐらい出しますが、結局、五十年後の医療がどうなるか、五十年後の介護はどうなるかといっても、例えば医療技術が五十年後にどこに行くかというのは、なかなか計算し難いし、そのようなものは、ある想定で伸ばしていくわけですが、やってもしようがないのではないかというのが、正直なところ、医療とか介護では多分そうだろうと思います。
ただ、年金の場合には、五十年の年金の計算などはほとんど意味がない。意味がないというのは、後からご説明申し上げますが、人口的な変化の片方の要素は相当確実に見通すことができます。特に年金受給者のほうはほぼ間違いないように見通すことができるような時代になっておりますので、最大可変性がありますのは支え手のほう、いわゆる少子化のほうでありますが、高齢化のほうの見通しはほとんど狂いがないという状況になっております。
それをご覧いただきますと、これは基礎年金だけで比較しております。これは熊代先生から、いつも厳しく言われているのですが、基礎年金の比較というのは少しインチキがありまして、基礎年金の被保険者は二十から六十歳です。受給者は六十五歳です。この比較は、六十歳から六十五歳の人はいなくなってしまっている。もともと、基礎年金の仕組みはそうなっていて、二十から六十歳まで保険料払って、五年間休んで六十五歳から受けるという。それは三十六年に国民年金を作ったときからそうなっているわけでして、自営業の方に四十年も保険料を払っていただいて、六十歳から年金をお出しすればいいのですが、そうすると、年金はなかなかもたないだろうということで、国民年金のほうは最初から六十五歳ということで出発をしているわけですが、五年ぐらい待機していただくことになっております。
そういう要素がありまして、完璧な意味での現役と高齢者の比較にはなりません。類似でありますが、ただ、相当近いところは読み取れます。これをご覧いただきますと、私が申し上げました、ほぼ当たるだろうと言っておりますのは、老齢基礎年金の受給者数であります。これは、二〇〇六年で二千四百八十万人。二〇二五年で三千三百十万人、約八百万人増えていきます。しかし、実はこれだけでは終わらない。それから更に二〇五〇年ぐらいにかけまして、約三千五百万人ぐらいまで更に増えるというのは、この状態であります。
これを受給のほうで申し上げますと、二つの要素があります。一つは、団塊の世代の受給がこれから始まりますので、これから二十年ぐらいというか、もう少しですが、二〇三〇年から四〇年ぐらいにかけては団塊の世代の受給のピークが来、それが落ち着いていく。
その次に来ますのは、団塊の世代のジュニアです。団塊の世代のジュニアが、今三十代の前半ぐらいでありますから、これから三十年ぐらいたつと、彼らが本格的な年金受給の年に入ります。それは二〇四〇年ぐらいから始まりますので、この二つの世代の受給の津波のような山をどうやって耐えられるかというのが、日本の年金制度のまず第一の課題であります。
これがほぼ終わりますと、二〇五〇〜六〇年ぐらいになります。そうなりますと、その後の少子化の姿は、要するに、逆三角形のピラミッドになってまいりますので、これがだんだん小さくなるという状態になる。それはそれで、非常に低い出生率が千年も続けば、日本という国家はなくなってくるわけですが、その千年ということを考えないで、例えば百年とか二百年と考えますと、現役の数が減っても、その減った現役が年金受給者になりますから、年金受給者も減ってまいります。それを更にまた減った現役が支えるということですから、この逆三角形のピラミッドがだんだん縮小してまいりますので、負担と給付という意味では均衡してまいります。
それがここに少し出ておりまして、受給者数は、二〇四〇年から二〇五〇年ぐらいにピークを迎えるわけですが、その後減ってまいります。同時に、しかし、少子化の一番大変なところは、左をご覧いただきますと、被保険者数が二〇〇六年に六千九百万人でありますが、二〇二五年に六千百万人、二〇五〇年には四千五百万人、二〇七〇年には三千七百万人ということで、これが多分、日本という国が直面している少子化の最大の問題の姿だろうと思います。これは端的に申し上げて、現役の数ということでありますので、このようにわずか七十年ぐらいで変わってくるところに日本は直面しているということだろうと思います。
このうちの、二〇二五年ぐらいまでの被保険者数はほぼ変わりありません。というのは、今〇歳の人が二十に達するのは二十年後ですから、要するに、今までの少子化の影響は全部ここに入っておりますので、例えばこれから五年、十年子供の数が変動するということは、それは二〇二五年以降ぐらいに、この左の層に入ってくる人数がどうなるかということに影響してくる。それは最初に申し上げましたように、五十年ぐらいの年金の計算をしてもどうしようもない、せめて百年ぐらいはやらないとどうしようもないということであります。
一番右側をご覧いただきたいと思いますが、これは受給者を被保険者数で割ったものであります。つまり、一人の受給者に対して何人の現役がいるか。これが二〇〇六年から二〇二五年でカウントしますと、二・八から一・八人になりまして、これは負担の程度が五〇%ぐらい重くなるわけで、ただ問題はこれでとどまらないで、例えば二〇二五年から二〇五〇年でとりますと、一・八から一・三。この比率がまた四〇%程度であります。
したがいまして、これは年金でこういう形になるということは、高齢者医療、介護もほぼ同じような状態であろうということが言える。日本の社会保障にとって非常に大変なのは、二〇二五年から二〇五〇年ぐらいまでに、もう一つの山がある。これをどうするかということが多分出てくる。
先ほどのあれで申しますと、二五年ぐらいまでで、トータルで二五%ぐらいです。二五%というのは、先ほど申しました、今のヨーロッパ、アメリカを比べたときの二五から三〇%の間の、どちらかというと下のほうですから、そういう意味では、厳しい改革を行った結果でもありますが、ある意味では効率性の高い社会保障という姿になってきている。
しかし、最大の問題はそれではとどまらないで、その後もう一山来るということですから、私の憶測で申し上げれば、結局、三〇%前後ぐらいまでになっていく可能性は大いにある。二五%で終わりということは決してないというのが、日本という国家の運命だろうと思います。
今、総裁選などの関連で消費税の問題が議論されておりますが、消費税の問題というのは、もちろん、最初の山、二五年ぐらいまでの山のときに、今申し上げた税などをどう考えるかというのは非常に重大なテーマ。社会保険料とともに最大のテーマだろうと思いますが、同時に、消費税の議論というのは、多分そのもっと先があって、二〇二五年から五〇年ぐらいまでに、税体系なり税負担をどう考えるかというのは、次のあれ(課題?)だろう。
これは先ほど熊代先生ともお話を申し上げておりましたが、もう団塊の世代の孫の世代。ですから、ジュニアの更に子供の世代、彼らが背負っていく課題だろうと思います。彼らの親である団塊世代のジュニアは、そのときには受給者側に入りますので、ですから、彼らの世代のときにどういうことができるかという道を残していくかということは、よくよく考えていく必要があるだろうということであります。
それから、もう一つ、五ページをご覧いただきたいと思います。
これは、先ほど申しました「OECD諸国の社会支出に占める高齢関係費と家族関係費の比率」であります。これをご覧いただきたいと思いますが、日本の非常な特徴は、高齢関係費が一番高い。四五・四%であります。また、その逆でありまして、家族関係費はアメリカに次いで低い。その逆の反映もありまして、この高齢関係費でもない、家族関係費でもない、その他の社会保障支出があまり高くないという特徴があります。これは、これまでの日本の社会保障の形成過程、あるいは最終的には国民の選択みたいなところもあると思いますが、あまりにも家族関係費、児童関係費を疎かにしてきた結果がこうだろうと思います。
これはある意味で少子化の問題と裏表みたいなところがあるのだろうと思います。昔から、例えば児童手当などを増やしても、結局、「受給するお父さんが赤ちょうちんに寄ってお酒を飲んで、それでおしまいで、子供なんかに届かないから、そんなことやったって無駄だ」という議論もあるのですが、しかし、それはよくわからないのですが、多分、金銭給付というのは、その金銭給付の厚みが相当底支えになるのは間違いないところではないかと思います。
例えば年金給付でご覧いただきますと、日本の年金はもちろん大変ですが、多分、今の年金受給者の方は相当安定した年金を受給しておられる。これは多分、例えばイギリスの年金をとってみますと、イギリスは、チャーチルが戦時内閣を作ってやっていたときに、ドイツの空襲も受けたわけですが、彼は大変な政治家で、結局ウォーフェア・ステート(戦争国家)、戦争が最大で、戦争に勝利するということが最大ですから、ウォーフェア・ステートに代わるものを考えなければならないということですから、そこでウェルフェア・ステートというのを考えたわけです。しかし、日本は福祉国家と言っていますが、イギリスで考えられた福祉国家というのは、戦争を抜けて、その次の未来を考えるという意味で福祉国家というふうに考え、それでベヴァレッジ卿に、戦争中にいろいろなことを考えた。
私どもの目から見ますと、あまりにも理想主義的な公平主義だったのではないかと思います。それは、1つは、住宅と完全雇用がもちろんベースにあるわけですが、きちんとしたストックを持って、完全雇用実現をする。そのベースの上に、医療はナショナル・ヘルスサービスという決断をしたわけであります。医療のナショナル・ヘルスサービスというのは、非常にいい制度のようにおっしゃる方もありますが、私も一年半ほどイギリスで見ましたが、今でももちろん続いていますが、ベッドのウェイティングが五十万人ぐらいいるということですし、非常に緊急に手術をしなければいけない患者さんは、そのうちの一割いる。「大体五万人、だって、待ってどうなったの?」と言ったら「よくわからない」というのがイギリスの小話。亡くなったかもしれないという小話があるぐらいです。それは保険医療ですので、予算統制ができるわけですから、病院の設備投資、人員配置から、みんな予算措置でやりますから、コントロールの手段としては、少し抑制気味にやるというのがずうっととられた手段でありまして、医療のニーズに対してなかなか対応できない。
年金で申し上げますと、均一拠出・均一給付です。フラットレート、フラットベネフィットという。要するに、同じ金額を払って、同じ年金をもらう。まさに基礎年金的な考えで始めたわけですが、たちどころに難渋をしました。それはなぜかと申しますと、均一の拠出ということは、保険料の負担をしますときに、一番負担力の少ない人にとって一番重荷になる。したがいまして、保険料の拠出を、年金の水準を上げるために上げるということはできない。その結果どうなったかというと、基礎年金とは言うものの、非常に水準の低い基礎年金になった。
また、労働党と保守党が政権交代をするたびに、「私の年金はこれだ」とやってきて、それがまた交代しますから、交代するとまたひっくり返る。さんざんそれをやってきて、年金でそういう争いをするのはやめたほうがいいのではないかというのがだんだん醸成されて、最後に、今のいわゆる定額的な基礎年金プラス報酬比例年金に落ち着いてきた。体系としては、そこに落ち着いたわけですから、サラリーマンで報酬比例年金がない公的年金をしたのは、イギリスは実験的な国です。
しかし、結局その結果どうなったかと申しますと、サラリーマンは、多分老後はそれではやっていけませんから、イギリスの企業の中でも非常に力のある企業は、自分の社員は多分これでは無理だろうということで、いわゆる企業年金を作っていったわけです。ですから、そこが力のある企業はいい企業年金を作り、ない企業は、サラリーマンでもまさにフラットな年金という姿になった。
そこが二十年ぐらいずうっと議論して、結局、基礎年金プラス報酬比例なのかなという形に持っていったのですが、持っていっても、既に二十年間時間を労していますから、拠出がそのアンダーされていない。したがって、出てくる年金の水準は、四十年たっても、実は二十年の報酬比例年金しか出てこない、あるいは十年しか出てこないという姿が、今のイギリスの公的年金の姿です。ですから、私がおりましたときにも、年金受給者の生活保護率は一〇%でした。一〇%という状態になっていました。
そういう意味で、現金給付の層的な厚みというのは、多分、いろいろな意味での社会生活、あるいは高齢者の生活の非常に基盤になりますから、少子化対策のときも、先ほどの児童手当みたいな話もあるのですが、私がたまたま知っている学者ですが、「思い切って一人四万円ぐらい出したらどうか」という方もおられます。「やってみて効果がなければやめたらいいではないか」と。だけれども、そういうものを出して、果たしてやめられるかどうかもあれですが、少子化対策というのは、そういう少し思い切った議論をするところに来てしまったのではないかという感じはします。そういう思い切った議論をしないと、この袋小路みたいなところをどうやって脱していけるかということになってくるのだろうと思います。
それから、あとポイントだけ申しますと、二番目に書いておりますのは、今の社会保障なり、あるいは福祉なりの、いろいろな方が携わるわけですが、どういう形でということですが、日本は、今の少子化の問題にも典型的に表れていますが、この最後に書いてあります「ネイバーフッド」という、隣人、友人あるいは地域の関係が非常に希薄になってきて、恐るべきと申しますか、このままではもう崩壊してしまうようなことが、国でも、大都市圏でも、あるいは地方都市圏でも起きてきているのではないか。この問題をどう考えるかということも十分議論をされていないということではないかと思います。
多分ここは、熊代先生はアメリカで学生生活も送られましたし、人口基金でもご勤務の経験もありますし、また、政治家としても行かれていると思いますが、私がイギリスを見ただけでも、やはり少し違うのかなという感じはしました。ロンドンと東京は相当違うなと。ロンドンは、最近、ああいうテロなどが起きて、大変な大都市ではありますが、もう少し地域的な形成みたいなのがあるような感じがします。東京的な感じのところは、例の中心部のソホウだとかありますが、行かれた方がご覧いただきますと、区画的には非常に小さいのです。シティもありますが、都心部に非常にコンパクトに集まっている。その周りは、割とちゃんとしたベッドタウンがあって、イギリスでも、コミュニティの形成では非常に苦労して、例えば最近の例のテロみたいな、イスラム系の人が移民的に入ってきて、そこで地域をなしていて、そこをどうするのだという問題は昔から抱えておりますが、それにしても、ロンドンから車で二十分ぐらいのところに行くと、コミュニティのようなものが何となく残っている。そこをどうするかというのは、非常に大きな点ではないかと思います。
年金の関係は、二、三分だけですが、簡単に申し上げたいと思います。
これは資料の五ページをご覧いただきたいと思いますが、「積立金の見通し」というところで出てまいりますが、ここにありますのは、左のほうから、例えば厚生年金は典型的でありますが、ガーッと下がってきます。これはなぜかと申しますと、団塊世代の受給が始まるからであります。また、保険料率を今徐々に上げさせていただいております。それが完成するのはもう少し先ですので、負担力の水準が上がってくるというまだ途中でありますから、給付が非常に大きくなってきて、負担力の水準が上がってくるのは少し時間が掛かる。このタイムラグで、積立金の取り崩しが始まるわけです。これで、基本的には団塊の世代は、保険料の段階的な引き上げ、また基礎年金国庫負担の二分の一の引き上げ、それと積立金の取り崩しによってしのぐというのが、逃れられないものであります。しかし、これでつぶれることはありません。
その後、少し上がってまいりますのは、団塊の世代の受給が減ってまいります。負担力は、この時期になりますと、一番上の水準になります。したがいまして、負担力が一番高い水準になって、受給が減っていくということは、積み増しがまたできる状態になる。
その後、二〇四〇年前後からまた下がっています。これがいわゆる団塊の世代のジュニアの受給が始まって、また積み増したものを減らしていくということであります。
その後の二〇五〇年以降が、団塊の世代のジュニアの、更にジュニア。団塊の世代から言えばお孫さんの世代が、このころに年金の受給になる。一応その年金の最後に、一年分を保有して、この間使おうというのは、実は誰のために使うかというと、団塊の世代のお孫さんたちが受給する時代に、この人たちはずっと負担で耐えてくれますので、彼らが受給するときに、この虎の子の積立金を使っていくということであります。
最後に一年分しか持っていませんが、一年分というと非常に不安になりますが、例えばドイツは一カ月分も持っていません。一カ月分しか持たないというのはなかなか不幸なことで、ですからドイツは、例えば経済が非常に悪くなったりしますと、それこそ年金のお金が払えなくなるという瀬戸際になりますので、例えばドイツは賃金スライドでやっておりますが、その年は賃金スライドを物価スライドに変更するということを政治的に決定せざるを得ないというのが、ドイツの状態になっています。ドイツでは大きな制度改革は、議論はされるけれども、なかなか実現ができないという状態。ただ、二一〇〇年以降の一年分というのは、この前の財政計算で申し上げますと、一年分の収支が足りないのですが、積立金を取り崩していますので、もちろん足りない状態ですが、足りない状態というのは、せいぜい五〜六%です。ですから、一年分というのは一〇〇%ありますので、その足りない状態の二十年分ぐらいに耐えられるようなものは持っているということで、それは一年分というふうに考えましたのは、その程度はやはり持たなければならないのではないかと。そうすれば、二十年は掛ける必要はないと思いますが、五年、十年掛けて、二一〇〇年以降の年金の姿について議論することができるということであります。
最後に、出生率の話を少し申し上げたいと思います。それは十一ページに出てまいります。
この前の中位推計では、合計特殊出生率は一・三九で、これが本当に一・三九に回復するのかというのが、今最大の議論になっているのだろうと思います。
このときの推計で申しますと、少子化進行ケースというのは一・一〇。これは前回の人口推計ですが、日本の大都市圏、東京の出生の姿と考えていただきたいと思います。また、基準ケース(中位推計)というのは、基本的には地方中核都市。ですから、都道府県庁所在地の出生がこの姿。
少子化改善ケースが一・五二と書いてありますが、これは高位推計は一・六三です。一・六三というのは町村部の姿です。それで、要するに、県庁所在地ぐらいの姿はトータルで保持できるだろうと考えていたのが、県庁所在地と東京の中間ぐらいに下がりつつあるというのが、今の状態だろうと思います。
ここで一・五二という変な数字があります。一・五二というのはどういう数字かと申しますと、前回の人口推計の一番コアになったのは、当時の三十五歳から四十歳ぐらいの集団です。この三十五歳から四十歳ぐらいのジェネレーションで、結婚した人が産む子供の数が、その前の世代、ですから五年前の四十歳から上の世代に比べて一割減ってきているだろうと言われています。出生というのは五十歳ぐらいまで続きますので、出生は完了しておりません。しかし、四十歳ぐらいまでになりますと、相当の出生がほぼ終わっておりますので、かなり高い確率で、この世代は、その前の世代に対して、結婚しても子供を産むのが一割減っているだろうと言われています。
また、三十から三十五歳の世代は、三十五から四十歳の世代ほど、角度は高いのですが、この世代にほぼ似ているだろうと言われております。
この一・五二というのは、一割減るということは、仮になくなる。つまり、四十歳から上の世代と同じように、今まで結婚した人の出生の数が一だとしたときに対して、その世代は〇・九だったわけですが、それが一に戻ったとすればどうなるのだろうというふうに計算したのが、この一・五二であります。これはよくわかりません。わからないというのは、日本の少子化の姿が非常にわかりにくいというのは、驚くほど右肩下がりで下がってきています。こういうものは、普通は動きながら下がってくるのですが、驚くほど単純に下がってきている。
例えば、同じような国で、イタリアとかドイツがあったのですが、最近のイタリアとかドイツをご覧いただきますと、少し上がってきています。ですから、日本のこの少子化の姿というのは、えっ、こんなに?と思うぐらい下がってきている。下がってきていることにはあまり変化の兆しがない。ただ、最近のあれで申しますと、一月から六月ぐらいまで、出生の数が二%ぐらい増えている。また、婚姻の数が三%ぐらい増えている。しかし、これは絶対数ですので、分母になる母集団の分析をしないと、本当の意味でこの出生率に回復の兆しがあるのかどうかというのは分析を要すると思いますが、それにしても、絶対数でもずうっと下がってきたものが、少し上がってきているというのはどういうことなのかなということがあるのだろうと思います。
経済との関係で申しますと、アメリカは、一九八〇年代のアメリカ経済は非常に悪かったのですが、下がっています。そして、黄金のアメリカ経済と言われた九〇年代は上がっています。今はどうなっているかと申しますと、アメリカは人口の再生産二・〇を超すような状態になっています。これは、例えば有色のアメリカ人の出生率が高いからではないかと言う方が多いのですが、いわゆる白人のアメリカ人でも一・八五ぐらいいっているようです。ですから、それは必ずしもそうではなくて、アメリカの例を見ると、経済とか社会の安定みたいなことは、出生ということには非常に大きな影響を与えるのかなという感じもしますが、それは日本にどういう形で当てはまるか。今年の年末ぐらいには、人口研も新しい推計を出すようでありますから、むしろこの人口の問題、また少子化の問題は、最近は非常に脚光を浴びておりますが、これはよくよく議論をされて、単に社会保障の問題だけではなくて、日本の経済とか、あるいは日本の地域ですとか、日本のコミュニティですとか、そういうことと絡めてどう考えていくかという、もう少し広がりのある議論をしていく必要があるのではないかと思います。
私からのご説明は、以上であります。
司会 ありがとうございました。 ご来場の皆様で、吉武先生にご質問やらご意見等がございましたら、お手を挙げてお知らせください。せっかくのことでございますので、どんなお話でも結構かと思いますが、いかがでしょうか。
質問 大変興味あるお話をありがとうございました。
確かにこの数字を見ますと、これから先、少子化問題あるいは社会保障問題というのは大変厳しいものがあるのだなというふうに受け止めたのでございますが、これは私、全くど素人でございまして、的違いの質問というか、ご意見を申し上げるかもしれないのですが、常々私が考えています少子化問題、あるいは社会保障問題につきまして、確かに少子化問題につきましては、金銭的な支援あるいは環境の整備、これらは非常に大事なことだろうと思いますが、社会保障と絡めまして、年金の給付に、例えば自分が子供を何人育てたら、年金のもらう率が幾らかプラスになる。例えば二人の場合は一・〇という係数を掛けるとすると、三人育てたら一・五、あるいは四人育てたら二・〇というような、あるものに対する係数を掛けて、年金のもらう額を変えてみたら、少子化対策、また社会保障問題についても、多少いい方向に向くのではなかろうかと常々考えているわけですが、こんなものに対して、何かご意見がございましたらと思います。
吉武講師 今おっしゃったことに近いことをやっている国がございまして、それはフランスです。フランスは、ヨーロッパの中では独自。戦後からまさにずうっと、人口というのは国の基本だという考えを持っていますから、日本は、人口政策というのは、「産めよ、増やせよ」の再来ではないかというハレーションがあって、基本的にずっとタブーだったわけです。しかし、フランスという国は戦後一貫して、人口政策、家族政策というのは国の政策の基本だと考えてきましたから、年金の中では、今手元にありませんが、例えば一人子供を育てると、三年でしたか四年でしたか、日本で言う専業主婦、働いておられないのですが、働いたとカウントして、年金の拠出期間に算入するというのは、驚くほどやっています。これはすごく割り切っているなと思います。
また、よくわからないのですが、フランスの家族政策というのは、私がちょっと聞いた話ですと、フランスでも、例えばパリに住んでいる人は、やはりそうは子供さんを産まない。先ほどの日本と一緒ですが、しかし、フランスというのは農業国家みたいなところがありますから、国土でいろいろなところに住んでいる方で、むしろ子供は非常に楽しみで育てたいという方がおられる。どうもフランスの政府は、例えば産まない人に一人産んでくれとか、一人産んでいる人に二人産んでくれと言うよりも、もう二人産んでいる人に、もっと楽しく三人というようなことに主眼を置いた政策をとろうとしているのではないかと言う人がいます。ですから、それはパリでも、「いやだ」という人はもういいやと。しかし、田園で子供と一緒に楽しくやっている人は、楽しいんだから、もう少し支援をして、三人、四人という。
これも何かよくわかりませんが、結構面白いのかなと思いますのは、百年ぐらいたつと、パリはその人たちだけでは成立できませんよね。パリの人の子孫はいなくなってきます。そうすると、日本で言えば江戸っ子はだんだんいなくなって、「おれが、おれが」と言ったって、いなくなったらしようがないから、私などは博多ですが、高度経済成長期に起きたように、博多の人間も東京に来て仕事ができるということにもなってくるかもしれない。そうすると、国内でも、そういう意味で地域間の移動とか、人口の移動とか、また、例えば農業から、農家の三男坊、四男坊はパリに出てサラリーマンになるということが起こるのかなという感じがします。そういう意味では、フランスは非常にユニークです。
日本でも、年金改正のときに、内部的にはいろいろ議論したのですが、なかなかこれはちょっと簡単に合意が得られないのかなという感じがいたしました。それは端的に申しますと、例えば三号被保険者の問題は、結構いろいろ専門家にもご議論をしていただいたし、調査もしたのですが、もう分かれているのですよね。三号被保険者はけしからんので、この人たちにも保険料払わせようという、働いている女性の声も強いのですが、いわゆるサイレント・マジョリティと言われるような人たちに聞くと、「いや、それはおかしいのではないか」とおっしゃる。
結局、フランスの場合には、いわゆる日本で言う三号被保険者みたいな方、働いていない方に対して、子育てという意味での価値ですね。働いている方ももちろん子育てしているわけですが、しかし、その人たち、働かなくても子育てをした人に対して、子育てということを労働というふうに評価をして、年金の体系で言えば、いわばサラリーマンの年金の体系の中に入れていこうという、そこらの合意があるからできているのだろうと思います。
どうやって合意を作るかというのはすごく難しいと思いますが、おっしゃるように、年金の体系では今まであまりしなかったことですが、しかし、これだけ人口の変動という大要素があれば、社会保障の側でも、やれることはやったほうがいいのではないかというのが、私の個人的な感想でありまして、フランスみたいなことが合意ができれば、それはそれですばらしいなという感じはしました。日本ではなかなか、十年ぐらい掛かるのかなという感じはします。
司会 ありがとうございました。ほかに何かございますでしょうか。今のような具体的なお話とか、自分の考え方で、それがどうなのだろうかとか、そういうもので一度お試しになられたらいかがでしょうか。
熊代 それでは、もう一人考えついていただく前に、復習の意味で、私も大分忘れてきたのですが、目玉でマクロ経済スライドというのを導入しましたね。あれがどういうもので、どういう効果があるのか、ちょっと説明していただければと思います。
吉武講師 マクロ経済スライドは二つの要素がありまして、一つは、平均余命をどう見るということであります。平均余命が延びるということは、受給期間が延びるということでありますので、もともとの年金のスライドというのは、年金の受給までは賃金においてスライドする。厚生年金というのは、自分の報酬に比例する部分がありますので、そこを考えていただきますと、要するに、例えば新入社員のとき、私が入ったときは給与が四万円ですが、四万円の給与に対して保険料……
(テープ反転)
……これは三〇%と考えていただければ、例えば生涯三十万円の平均給与であれば九万円出る。四十万円だったら十二万円出る。五十万円だったら十五万円出る。
賃金スライドというのは、そんなことを言っても、昔の四万円を四万円にカウントしたら意味がないわけですね。それは昔の賃金というのは、今の価値から言うともう全然ひどいものです。ですから、何をしているかと申しますと、昔の四万円は、今の初任給の二十万円でカウントする。ですから、四万円で払っていただいた保険料は、実は二十万円の給与をもらったものとして考えようということで、要するに、年金の価値を今の賃金水準に置き直すというのが賃金スライドです。
それで給付は、日本は物価スライドでやっています。つまり、もらったときから後の年金の価値は、物価の上昇に応じて、購買力の価値を維持しようと。これは離れていくわけです。現役の場合には、経済がいいときは物価より賃金のほうが高いですから。そうすると、賃金が物価より高いということは、賃金の実質価値が物価の購買力以上に増えていくということになる。それは、そういうことによって、かつてできなかった外国旅行ができるようになるとか、あるいは車を買えるようになるとかということになってきたわけです。
それはまさにそれで、賃金スライド、物価スライドという形をとっていまして、少し長くなりますが、ドイツは賃金スライド、賃金スライドをしています。ほぼドイツだけと言っていただいたらと思います。これは年金としては、そういう意味では一番理想的と言えるようなスライドですが、ドイツはそのために、年金財政の大変さにあえいでいるということです。
フランスは、先ほどのような家族政策的に見れば非常にユニークですが、フランスは物価スライドです。ですから、昔の四万円は今の二十万円にカウントしないで、物価水準の上昇だけでカウントしますから、どれぐらいかわかりません、多分十五万円とか、それぐらいにしかカウントしない。ですから、もらうときも物価水準でカウントし直した年金を出して、受給の後も物価。
日本は、イギリスとかアメリカとすごく似ていまして、イギリス、アメリカ、日本は賃金で物価という形です。
それで、マクロ経済スライドというのは、一つは、賃金スライド、物価スライドから、先ほど申しました寿命が延びていく分を落とさせてきた。けちるということですが、抑える。それは大体〇・三%です。寿命はほぼ間違いない。ですから、それはスライドの延ばし方で差し引く。
もう一つは、賃金のほうですが、賃金は非常に明快でして、今までは賃金の単価も上昇するし、労働者人口も増えていったというのが日本の経済発展の姿です。したがいまして、総賃金はダブルで増えていった。単価も増えるし、労働者数も増えましたので、ダブルで増えていったのが日本の高度経済成長の姿ですが、これから全然逆になっていきます。賃金が増えるとしても、労働者数は減っていく。
要するに、総賃金が一人当たり賃金ほど増えなくなると言われています。それで、マクロ経済スライドというのは非常に割り切った考えでして、負担力は総賃金にあるから、スライドは総賃金に合わせてやろうということです。そうすると、今までみたいに、一人当たりの賃金の伸び率で上げることはできない。総賃金で上げるということは、一人当たり賃金の伸び率を基本的な指標にするので(はなく?)、そこから、要するに、法律でやっていますのは総被保険者数です。これは減少してまいりますので、その減少率を差し引くということです。これは、実績で差し引こうということです。
ここに、実は少子化の問題が指標として入っているわけでして、結局、労働力人口は多分減らないというのは、幾つかの要素があります。例えば高齢者雇用が進めば減らない。また、もちろん外国人の移民労働力を日本がやるのであれば減らない。それと、今の少子化の問題。年金の制度としては、まさに中立的にしてありますので、それはもう何であってもいいということになります。ですから、少子化が非常に進むけれども、喧々諤々としても日本もしようがないから、外国労働力を相当入れようという判断をして、労働力人口は減らないのであれば、このスライドはあまりマイナスにはなりません。実績に応じて調整をしていこうと。
それをある程度やりますと、一八・三%の保険料率と、先ほど申し上げました団塊の世代のジュニア、その次のジュニアまで含めて、安定的な均衡圏が得られるところに来ますね。そこに来ますと、その調整はもうやめてしまう。今の中位推計の計算では、二〇二三年となっています。その二〇二三年以降は何に戻るかというと、賃金スライドと物価スライドということになる。
結局、その代わり、賃着に対する厚生年金のモデル年金の水準は、五九%ぐらいから五〇・二%ぐらいまでに落ちるという感じです。落ちるけれども、その先輩の世代、もう受給しておられる世代、私などもいずれ受給し出すのですが、この世代はスライドが抑えられるということですね。五九%に近い高いところからするのですが、スライドが抑えられるという世代。五〇・二%になった以降の世代は、最初の年金水準は低くなるけれども、その後は均衡状態になるということで、賃金スライド、物価スライドという本来の年金の一番望ましいスライドの形に戻るということです。ですから、組合わせみたいなものですが、これが少し世代間の公平論にも応えることができる道なのかなという感じもします。若い世代は、もう本当にけしからんと言っているわけですが、しかし、うまくいけば、賃金に対する水準は下がるけれども、年金の本来のスライドの一番望ましい原則である賃金スライド、物価スライドというところにはいける。
先行の世代は、五九%とか、もっと先輩はもっと高いところから来ているのですが、それは若い世代にとっては非常にうらやましいのですが、しかし、この世代は、逆にスライドのところをずうっと我慢していただく。我慢していただくということは、実質的に五九%から下がってくるということです。下がってくるけれども、五〇・二みたいな状態には多分ならない状態というのがあれでして、このやり方はイタリアがとっています。
イタリアの年金というのは、みんなあまり注目していませんが、イタリアはGDPスライド。GDPというのは先ほどの経済成長率ですから、要するに、賃金と経済成長率の姿を考えますと、多分、日本のこれからの姿は、働く人が減ってきますから、一人当たり賃金の伸び率より、経済成長率のほうが低いということになると思います。厚生省の最近の社会保障の推計でも、国民所得の伸び率は、一人当たり賃金の伸び率より〇・五ぐらい低いだろうと言われておりますので、イタリアは、要するに、その〇・五低いところでGDPスライドをしていますし、これは日本のマクロ経済スライドとほぼ近い姿です。
欧米の年金には、こういうものはほとんどなかったのですが、あと、バルト三国の中の一カ国でもとっています。ですから、こういう日本みたいな形でのスライドによって調整しようという。また、スウェーデンの新しい年金制度の最終調整手段もこれです。まだ発動していませんが、状態が非常に悪くなれば、スウェーデンもこれを発動するということです。
そういう意味では、公的年金の仕組みの中では、新しい調整の仕組みだろうと思います。
司会 ありがとうございました。ほかにございますでしょうか。吉武講師のご熱意あるご講演をいただきまして、本当にありがとうございました。ほかにございませんようでしたら、吉武先生のご講演をこのあたりで終わらせていただきたいと思います。
吉武先生、本当にありがとうございました。(拍手)
■演題:「今、時代の課題は何か? −日本の政治の岐路に立って−」
元内閣府副大臣・前衆議院議員 熊代昭彦
お疲れのところ、済みません。私の報告もさせていただきます。
今お帰りになりましたけれども、吉武元年金局長、現在の児童手当協会の理事長でございますが、すばらしい講演をしていただきまして、誠にありがとうございました。専門家でありますので、少しややこしい面もございましたが、質問で大変補っていただきまして、ありがとうございました。
改めまして、私に対しますご支援、高い席からでございますが、心から感謝を申し上げる次第でございます。
「今、時代の課題は何か?日本の政治の岐路に立って」、日本社会の岐路に立ってという題でご報告をさせていただきますが、その前に、「序」が付いておりまして、お手元に四枚か五枚のレジュメをお配りしてございます。若干の現状報告をさせていただきます。
私の政治活動の展開状況ということでございます。「努力する者は天才に勝る」と書いてありますが、これは私の座右の銘でございまして、努力する者は天才に勝るのだと。エジソンは、「天才とは九九%の努力と一%のインスピレーションである」と言いましたが、人間はどんなに努力しても、一%のインスピレーションが出ないこともございますが、しかし、「ウサギとカメ」の物語にもございますように、あれだけの実力が違うものも、あるとき、カメのほうが勝つことがあるということでございます。コツコツと努力をしております。
具体的に、自由民主党の公認を申請しているところでございまして、ご承知のとおりでございます。自民党の「公認の条件の達成状況」と書いてございますが、公認の条件は、団体の推薦が十分あること。当選を可能にするだけの団体の推薦があること。また、自民党員の一万人を確保すること。ぎりぎり裏話では五千人でいいという話でございますが、そういうことで、団体の推薦はまあまああるのではないかと私は思っておりますが、一万人を確保するということで、ご参会の皆様にもご協力をいただきまして、今頑張っておりまして、ぎりぎり五千人ぐらいのところに、何とかあと一息、二息で来るかなというところでございます。
ただ、このぎりぎりをマークしたからといって、それで公認されるのかどうか、なかなか難しい問題でございます。前または元衆議院議員からの希望者が多い。片山虎之助幹事長の話だと、十人ぐらいあるのだと言うのです。今、二十一人が既に公認されておりまして、全体で三十人ぐらいだろうということでございますが、まだいろいろあると思いますので、どういう基準でそれを振り分けるのかと、なかなか難しいところでございます。
それから、現在法定されている四分社化の民営化よりも有利に、貯金、保険の三事業一体の一つの株式会社のほうが、国益にかなうのだという信念で、反対票を投じたわけでございますので、私自身のことを言って恐縮でございますが、「信念の政治家」と言わせていただいております。
これを四つでいいのだと、ばらばらでいいのだというように曲げれば、自民党に帰してあげましょうと。こういう条件が付けばどうなるかというと、当然のことながら、私は拒絶いたします。とんでもないということでありまして、今もいろいろな会合に呼ばれておりまして、特に郵政関係の人たちに呼ばれて参りますと、純粋な貯金銀行と、それから純粋な簡易保険会社を独立させて、株を全部売ってしまうということですから、これはもう完全な民間会社になるわけですね。あと、残りの二つは、赤字になる確率が極めて高いということでありまして、挨拶回りに行きますと、二人局、三人局が実に多いわけでありますので、これを三つまとめてやっていたから何とかいったと。そして、全体では一兆円、ないしは株がいいときには二兆円もの収益を上げていた郵政公社でございますから、それを単純に株式会社にすれば何ら問題がないということでありますので、アメリカの要求どおりにやり過ぎるのはまずいのではないかと言っておりましたので、この信念を曲げるわけにはいかないということであります。
また、公明党との関係で、例えば熊代が岡山県で、ゆかりの候補として全国比例に出れば、公明党は全国比例だけなのだから、公明党の候補の岡山で出る公明党の比例票が影響を受ける。それはよくないのだということを間接的に言っている人がいます。そんなことで物事の決着が着くならば、これまた承服できないところでございます。
冗談半分、本気半分で、「理屈の合わないことで公認しないならば、岡山県の中央区に無所属で堂々と打って出ますよ」と言っております。冗談半分でありますが、本気も半分でありますから、それは当然そういう覚悟でいるところでございます。
参考までに、衆参の青票組の動向をここに書いてございます。
平沼赳夫衆議院議員の動きは、新聞、テレビで十二分にご承知のとおりでございますが、四人でゴルフをされていた。小沢一郎、平沼赳夫、そして堀内さんと、もう一人、平成の水戸黄門の綿貫先生。綿貫先生が、「国民」という印籠を出しておられますが、この四人でゴルフをされて、小沢一郎さんの一心会の講師にも、平沼先生は招かれているということであります。片山先生以外に応援する人はいないではないかと言っておられたのですが、少し様相が変わってきたのかな、あるいはそういうことでないのかなという状況でございます。
川上義博前衆議院議員は、七月三十日の記者会見で民主党入りを表明されました。これは、私は少しよく知っている人ではあるのですが、川柳を詠んだ人でありまして、我々が議論、議論を重ねているときに、「民営化、四分社化とは書いてない」という川柳を詠んだ人です。民営化というのは、確かに公約されたのだと。しかし、四分社化とは書いていなかったではないかと。一つの株式会社にするなら誰も反対しない。みんな賛成に回るのだと。しかし、四分社化ではだめなのだということで反対票を投じた人でありますが、民主党入りを表明しました。
村井仁前衆議院議員は、ご承知のように、長野県知事に当選されました。この方は、郵政改革合同会議の座長をしてきた人ですね。ずうっとものすごく熱心に毎週月曜日にやっておりまして、一日でも欠席したら、最終取りまとめのときに意見を言わせないと。私も一生懸命に出席して、最終取りまとめのときに意見を言わせてもらおうと思っていたわけであります。それで、ファクトベースとかいう、事実を全部簡潔な冊子にまとめて、最低これだけは知って、そして最後の議論に参画してくれとしていたら、あるとき、小泉さんからメモが渡ったと。これでやってくれというのですね。これはもう皆様ご承知のとおりでありますが、それはアメリカの要求どおりに、四分社化して、貯金銀行と、簡保保険は完全に株式を売り払いなさいということでございました。それで、温厚なジェントルマンである村井仁さんもさすがに怒って、青票を投じたというのが経緯でございます。そして、このたびは長野県知事に見事に当選されたということであります。
小林興起前衆議院議員は、国民新党から参議院比例区で立候補かと。あるいは新党日本の続党かと。今日あるところから話を聞きますと、やはり国民新党で出してほしいと言っておられるようです。そのような状況でございます。
ちなみに、衆議院の選挙で、比例の票が出まして、その総計は、国民新党が全国で百二十万票。それから、新党日本のほうが少し多くて、都会に候補を出しましたから、それで、国民新党のほうは都会を遠慮しまして出さなかったものですから、調整して、新党日本が百三十万票ぐらいですか。両方で二百五十万票出ています。参議院の全国比例区は、百万票で一人当選しますので、国民新党のほうは、ぜひ三百万票を超して、これは個人名で投票してもなるわけですから、候補者が今四名いますが、候補者の数を増やして、国民新党という票と、候補者の票と合わせて三百万票を超して、最低三人を確保したいと言っておられるようでございます。そのことによって、自民党、公明を参議院で少数に追い込む。そして、政界再編に持ち込むのだと、亀井久興幹事長は新聞、テレビ等で決意表明をしておられるところでございます。そのような状況でございます。
私自身は、こういう中で、ひたすらに今自民党員を増やしていただくということで、岡山の地元で大変にご努力をいただいておりまして、それを続けておりますが、しかし、事柄の展開次第によっては、いろいろな可能性があり得るということで、自由な立場で、日本国の将来のために何が一番大切なのかと。四期十二年衆議院議員をやらせていただきましたので、ただ自分が議員に帰ればいいということではない。自らの使命がある。自らの使命を大切に生かせることに注ぎたいと考えているところでございます。それが現在の状況でございます。
若干の情報提供を申し上げて、最後に本日のテーマであります「時代の課題」というお話をさせていただきたいと思います。
いつも多くの情報提供をしましたので、ごく限らせていただきました。「精神病床の今後のあり方」ということであります。これは既にご承知のように、三十八万床ある一般病床を、二十三万床減らして、医療の必要のない者はどんどん減らして、十五万床にしようということで、そのためには、医療の必要度1、2、3ということで、点数をガタッと変えて、もう保険の点数からいっても退院してもらわざるを得ないと。その代わり、介護保健でしっかり受け皿を作ってもらうという計画になっておりますが、精神病床のほうは、医療の必要がないと見えても、在宅で自分でやっていますと、ときどき突発的に攻撃的になって、人をあやめるとか、そういう人もいるのだと。そんな単純にやられては困るということもございましたので、私もいろいろと厚生労働省当局と折衝もいたしました。ここに書いてあるのは、その結果でございます。
精神病床の入院患者は、現在約三十二万人おります。退院可能な精神障害者は約七万人である。ほとんど医療の必要がない。ただ、帰る場所がない。受入れのところがない。これを平成二十三年度末までには全部退院してもらって、二十四年度には障害者福祉サイドですべて受け入れるのだというふうに、これは障害者福祉サイドのほうでそう言っております。
医療保険のサイドでは、「医療必要度1、2、3とか分けて、点数を変えて、大いに出ていただくという措置をとるつもりはありません」と。しかし、ここに書いてございますように、精神保健福祉サイドで地域生活支援の対策強化を図ると。例えば退院支援施設病棟設備を病院の中に作る。あるいは外に作るということで、病院の中で転換してもいいのですよと。これは看護師不足に対応して、少し軽い体制でやれますと。そういうことですから、それのほうがいいのではないですか。本人のためにもいいし、病院のためにもいいと。ここに行ってください。やがて出ていっていただくけれども、当面ずっとここにいていただいてもいいというような、精神保健福祉サイドできちっとした体制をとりますということでありますから、どうかよく考えていただきたいというのが、現在の説明でございます。決して強制的に、診療報酬で激しく追い立てることはしないと。もっとも、少し要件が厳しくなりましたので、全体的にはじわっと真綿で締められているのですが、しかし、1、2、3と分けて、激しく追い立てることはしないけれども、いい受入れの施設を造りますので、是非ご活用くださいと、このような状況でございます。
あと、ここには書いてございませんが、若干の補足をさせていただきますと、これは軽い気持ちで聞いていただきたいのですが、京都エミナスという施設のところに、お盆にお墓参りを兼ねて、家内と二人で車で行ってまいりました。これはご承知のように、厚生労働省関係で、年金、健康保険施設で、五年以内に必ず売り払いなさいとされている、三百有余の施設のうちの一つでございます。減価償却もしてないですが、七、八千万円の黒字ではあるのです。
それで、目的はお墓参りでゆっくりしていたわけでございますが、館長さんと、総支配人さんと、前館長と話をしまして、「いや、困った。マンション業者に買われて、全部マンションになってしまったら、おれたちどうするんだ」という話でありましたが、これは全国的な話ですが、「いや、もう最高値で売る。これ法律で決まっちゃったのだから。それはしかも健康保険財政、年金特別会計にきちっと返すべきお金を返すというのだから、これはしようがないじゃないか。受け入れましょう」と。それで、MBOで買い取る。マネジャーがバイアウトする。あるいはMBインで、ほかの人が買ってくれるけれども、入り込んできて経営してくれる。立派な株式会社になって、それで投資をしてくれた人には一割ぐらいの配当をする。「それくらいの意気込みで、もう見返してやる以外にないんだ。私も、皆さんが出資できないなら、MBインで入り込んでくれて、十億円とか二十億円のお金を出して経営してやる。君たちも五十万円でも五百万円でも出資して、経営人として入りなさい。それで立派に配当しなさい。そういう人をぜひ見つけてきてあげたいと思っているので、しかし、皆さん方も大いに努力してくださいよ」ということで行ってまいりました。全国津々浦々にこういうのがありますので、ご参会の皆様方も、いろいろご心配をいただいている方もございますが、ぜひよろしくお願いしたいと思います。
それから、臨床検査の話はこの間もいたしましたが、これは全く私事を申し上げて恐縮ですが、人間ドックは随分前にすっかりやめてしまって、私が保険局審議官のときに仕えておりました保険局長が事務次官になったのですが、「私はもう、あの人間ドックでギュウギュウやられのはいやだ」と言うのです。ギュウギュウやられるだけで健康が悪くなる。ここに人間ドック業界の方がいらっしゃったらごめんなさい。「それでやらない」と言っておられたので、私もそれ以来やめまして、その代わり、三カ月に一回は必ず血液検査をしているのです。血液検査の項目をきちっとすれば、一年間に一回というのではなく、三カ月に一回ですから相当のことがわかる。
この間もやりましたら、幸いなことに、一つだけ赤丸が付きました。中性脂肪が少し多いというのです。メタボリックシンドロームというのもありますが、しかし二十ぐらい多いだけですから、チョコレートを食べるとか、甘いのを食べるのをもう少し減らせば、全部パスかなというような状況でございました。臨床検査技師会の皆さんも会場によく来ていただいておりましたが、そんなことがございました。
それから、臨床整形外科学会では、運動器の学会を作りたいと。運動器というのは聞き慣れない名前でございますが、循環器とか、消化器とかを総称的に言っている、その運動器というのは、脊髄、腰、関節を含めての手足、これが運動器でありまして、この運動器の健康を保つというのが、健康寿命を延ばすということに本当に大切なのだということで、臨床整形外科学会の方々は努力しております。私もいろいろお手伝いをしておりますが、これから未来構想を作るとかということで、臨床整形外科全体につきまして、私も委員に入れていただいて、またとんでもないことを発言してくるかなと思っているところでございます。
それから、私学の時代を作ると常日ごろ言っておりましたが、岡山でやはり「経済・保健福祉研究会」を毎月一回やっております。事務所で小規模なものをやっているわけでございますが、ここで私学の時代を、東京では今相当進んでいるのですが、地方では、高校、中学、小学、幼稚園あたりまで、私学の時代がうまくいかないということでございますが、はっと気がついたのは、保育園で私学が多いのです。どこもそうだと思いますが、私立保育園が圧倒的に多いのです。そこで幼児教育がしっかり行われておりまして、ここの保育園の先生で熱心にやっていらっしゃる園長先生にお話をしていただきました。子供のころに基本的な価値観をしっかりすり込む。食育、教育を含めて、生活習慣をしっかりとすり込む。そのことが一生を大切に送る上でいかに必要であるか。また変な殺人がありました、沢山変な殺人がありますが、ああいうものを防ぐには、そういうことがぜひ必要である。特に母親教育、両親教育が必要であるということを強調していただいて、すばらしいお話をいただいたことがございます。
価値観をすり込むという意味では、前回ご報告しました、六月十三日の日本チェーンドラッグストア協会でお伺いした、藤原正彦さんの『国家の品格』。それから、『この国のけじめ』という本も書いてございますが、これの武士道精神というのですか、弱い者いじめをしない。また、強い者にも背中を向けない。逃げないで闘う。それから、大勢で一人の人間をいじめることをしない。女性をいじめないとか、基本的な価値観を父親から武士道精神に基づいて教えられたという話もございました。
その私学の時代。幼児教育で基本的な価値観をすり込む。あるいは日本の国の今後のあり方ということで、この武士道精神。今は軽い言葉で、「さむらいスピリット」と言っている人もいますが、そういうものをしっかりと生かしていきたいと考えているところでございます。
それから、保健・医療の分野では、残念ながら、岡山でも架空請求、水増し請求がありました。これは、その事実があってからかなり長く放置されていたものですから、五、六百万円だとか言っていましたが、いきなり審判が出まして、保険医療機関の指定停止、保険医指定停止五年間というのが出ました。これは誠に残念な話でございますが、そういうことをしないことが大切であるとともに、私の親しい方でもありましたので、そういう事実が経営者の意図と反してあったような場合には、素早く対処してもらったらよかったなと思ったことがございます。そういうこともご報告をさせていただきたいと思います。
以上がご報告でございますが、あとは本日のメーンテーマでございます、「今、時代の課題は何か? 歴史の転機に立って」ということを申し上げたいと思います。大分時間も過ぎましたので、簡潔に申し上げたいと思いますが、小泉改革を検証しながら考えてみたいと思うわけでございます。
私は、九三年七月十八日に初当選をいたしました。そして、その八月には細川内閣ができて、自由民主党が十一カ月野党であった。昭和三十年から今日まで、ずっと与党だったわけですが、十一カ月だけ野党を経験した。その野党を経験したときに、私が初めて当選したわけでございますので、原体験は野党でございました。その中で、村山内閣が成立し、九五年九月二十二日に自由民主党の総裁選挙がございまして、橋本先生と小泉先生が一騎討ちをされたということでありました。このときは、私なども一生懸命にやっておりまして、CSテレビを通して、全国に流したいということで準備していたのですが、ご承知のように、河野さんが総裁をパッとひかれまして、出なかったのでえらいことになってしまった。対立候補がいないということでありました。そのときに、「男はばっさりと切られるとわかっていても戦わなければならないときがある」という名セリフをはいて、小泉さんが出てきたのです。我々は、「やれやれ、これで選挙になる」と大変に喜んだことを覚えております。
しかし、 このときから、自由民主党の総裁選挙が変わってまいりました。「橋本さんを総理する会」のほうは、一人当たり十万円を拠出して応援したのです。
ここに、戸井田三郎先生の演説の話がございますが、戸井田三郎先生は、「自民党の歴史は総裁選のたびに汚されていた。金が動いて、金が物事を決めるというような汚れた歴史があった。しかし、今度は違う。みんながお金を拠出して、公明な選挙をやろうとしている。本当にうれしいことである」という演説をされました。派閥の領袖でない候補者が二人出て選挙をした。しかも、我々のCSテレビはそれほど影響がなかったのですが、本物の地上波のテレビが相当に取り上げてくれまして、そして、「こういう選挙をやったら、もう公衆の中でディベイトできない人は候補者に立てないねえ」などと、石原伸晃さんが言っていたのを思い出します。そういう選挙がございました。
九八年七月二十四日、参議院選挙の敗北の責任をとって、橋本総裁が退陣されて、小渕恵三さんと梶山静六さん、小泉純一郎さんが選挙で争われたということであります。これは小泉さんが派閥の領袖であったものですから、やや昔の先祖帰りをした選挙だったかなと思います。
二〇〇一年四月、小泉候補が地滑り的勝利を得たときでありますが、橋本、小泉、亀井、麻生太郎の四氏が、このときはCSテレビのことはあまり心配しなかったのですが、テレビの前で非常に大きく取り上げていただいて議論しました。私どもが一生懸命主張して、党員票四十七票が普通だけれども、これは臨時ですから、三票を加えてもらいまして、四十七掛ける三、百四十一票をしてもらいましてやりましたら、私は橋本派でありましたから、必ず勝つと思ったら、新聞記者の皆さんが来て、「橋本先生、百四十一票で、総取り方式がほとんどですから、勝てるところがありませんよ。どこで勝つつもりですか」と言うのです。「そんなばかなことはない。これは一般国民と違うんだ。テレビを見て投票する人ではなくて、参議院議員は橋本派が圧倒的に多い。この影響下にある人たちであるから、必ず違った結果が出る」と言ったのですが、ふたを開けてみたら、彼らの言ったとおり、三県ぐらいですかね、二県で勝って、三県目で一票あったと。そのようなことで、地滑り的に負けまして、亀井静香先生は、それで候補を降りて、小泉総理の支持に回って確定した。
このときに、ここからテレビの影響が圧倒的であるということがはっきりしてまいりました。これが自民党総裁選の今日を決定づけていると思います。
そして、七月二十九日の参議院選挙で、総理総裁の任期が、自分の当選の票に圧倒的に影響があるということがはっきりしたのです。この支持率のことがいろいろ書いてございますが、それまで無党派であった人たちが自民党支持に回って、自民党支持が四二%で、無党派は三八%。無党派に取って代わって、自民党が最大の勢力になったと。これは朝日新聞の調査ですが、そういうことがございました。そして、自民党の参議院議員、落選確実だと言われた人たちが当選確実になって、まさしくそのような票が出たということでございます。党首討論も導入いたしまして、それの論争力も大きな武器になったと思います。
メディアを味方に付けて、しかも自民党を抵抗勢力と協力勢力とに分けて考える。分けてメディアに訴えるという方法を小泉さんはとられまして、見事に勝たれて、最後に、刺客を送っての選挙までやりました。これも見事に勝ったということであります。
メディアが圧倒的に影響を持つ。それは国民の支持率が圧倒的に影響を持つことであると。メディアに反応して、特にテレビに反応して支持率が決まりますから、これは争い得ない事実だと思います。小泉さんもそのことを知り尽くして政権運営をされたと思います。
それで、代議制でありますから、しかし、国会議員の支持というのは、国民世論が間違ったときには、代議制の国会議員の意見がそれを改めるということがあるのではないかと期待しているわけでありますが、現実問題としては、自分の当選に一番大きな影響力があるのは、支持率の高い総裁そのものであるということになれば、そういう制御力は働かなくなります。ですから、次の総裁を決めるのは、テレビを通じての国民の支持率であると、間違いないことでございまして、あれだけ支持率が続けば、事故がなければ、安倍晋三総裁候補が間違いなく総裁に選ばれるということでございます。
小泉政権の五年有余の中で、それでは小泉総理のやられたことは、単なる人気とりであったのか、自国と世界の時代の課題を明確にとらえて、断固として対処してこられて、しかも人気が高かったのかということを検証してみたいということを書いてございます。
(5)のアのところに、総需要不足で財政出動で補う発想を断固として拒絶。そして実行してきた。これは大したものだと思います。本当に大したものでありまして、これまでのどの総理総裁もできなかったことでありまして、大したものだと思います。しかし、若干説明不足だったのかなと。お金を予算で支出しなくても、金融の量的緩和で、日銀に当座預金を持っていて、普通は四兆円ぐらい積んでいれば義務を果たすわけでありますが、各銀行の当座預金の総計四兆円を、三十兆円を超えるまでに積んだ。このことによって、従来は銀行がそのまま株を買っていて景気がよくなったのですが、銀行はもう株を自己資本の範囲内でしか買ってはいけないということになりましたから、逆に八兆円も売らなければいけない状況でありましたので、銀行は株を買わないで、いろいろなところに、貸し倒れになる可能性がないところに一生懸命融資して、「何とか使ってください」と。ある企業に行きましたら、「うちは常時四十億円ぐらい、使ってくださいといって置いてくるんです。だから、利子も〇・何%払わないといけないけれども、それくらいは何とか稼げるから、いい投資機会をずっと見ながら、四十億円持っているんだ」ということを言っておられました。
そういうことで、ゼロ金利も当然そうでありますが、総需要不足を財政質量ではなくて、金融の量的緩和でできるのだと。物価安定数値目標を付ければ更にいいと。この場で重ねて申し上げておりましたが、結局、一%という物価安定数値目標を日銀も出しました。そのうち、徐々に物価が上がってくれば、二%±一ということにすると思いますが、そういういい状況になってきたと思います。
「官から民へ」というテーマも大変わかりやすかったと思いますが、民間の経済倫理の効用が十分必要だったのですが、それはガバナンスとか、コンプライアンスとか、いろいろ言っておりますが、小泉さん自身の口からは、それほど説明されなかったかなという思いがいたします。
「郵政民営化は良いけれども、四分社化にしたのは、ブッシュに対して少し尾を振り過ぎたのではないか」と、これは批判になりますが、こういうふうに思います。
それから、道路公団民営化は上下分離をして許してしまったので、少し不徹底なものになった。
それから、明治の元勲のごとく、全国で黒字であれば、全国津々浦々に高速道路を造って、日本全国を広く使おうと。東京の人も、熊しか通らないと言われている北海道の高速道路にだって行くのだという視点、そのことによって地方が活性化されるという視点を、マスメディアにさんざん言われて、強調しなかったということがあると思います。この点は若干問題であると思います。
NHKの民営化については、私、かねてから主張しております。関係者の方もいらっしゃいますのであれでございますが、NHK民営化というのは、コマーシャルが入ったら、誰も喜びませんよね。ですからコマーシャルなしと。株式会社でありますが、特殊会社でありますから、政府のコントロール、国会のコントロールが若干入るということであります。コマーシャルなし。その代わり、契約で料金を取りなさいと。プライスキャップを付けて、今以下にしなければいけない。しかし、今はテレビが何台もありますので、今の料金で取られれば、非常に高いと思います。料金を払わなければスクランブルをかける。ですから、取り外れなしということであります。しかし、二台目、三台目、四台目というのは少し安くしてもらわないと、大変高くなりますので、みんな買わなくなりますので、それは特殊会社といっても、株式会社でありますから、工夫して安くしていただくだろうと。そういうことで、NHKに、あれをやるな、これをやるなというのではなくて、しっかりいろいろやりなさいと。しっかりと足腰を強めて、世界のCNNに対抗するようなものになって、世界に出ていきなさいというのが、私の考え方でございますが、小泉さんが、「NHKは赤字でありません。民営化する必要ありません」と一言言ったから、完全にこれはアウトになりました。
更に、市場化テストというのが、ご承知のように進んでおります。この仕事も、あの仕事も民間でやったほうがいいならば、民間の提案を受けようではないかと。それと国の提案と比べてどちらがいいのだと。民間の提案がよかったら、どんどん民間に変えていこうと。ハローワークがやっている職業紹介がそうです。あれはいろいろ制限を付けて、できるだけ民間にやらせないようにしておりますが、制限を全部取り払って民間にやらせる。ハローワークもやる。そうしますと、どちらがいいか選んでみようということになると思います。そうすると、恐らく民間が非常に勝つと思います。そういうことで、厚生労働省は恐れて、いろいろ制限を付けているのだと思います。今はハローワークの仕事も、市場化テストのまないたに乗るということになっております。
それで、足らざるは何かというと、株式会社は人類の発明した最高のソフトの一つである。これを拒絶した分野は後れに後れると。少額のお金といいますか、資本を持っている人が、金はないけれども経営能力のある人に金を出して、立派にそれを活用してもらって、その配当を受ける。こういうのが人類の発明した最高のソフトの一つの株式会社であります。これを教育、医療、福祉、いろいろな面で拒絶してまいりました。農業、しかし、本当にその分野は後れに後れているということだと思います。ここまで言えば、選挙に大変有害ではありますが、しかし、これは工夫する必要があるのではないかと思います。
反面、NPOのように、利益配当は嫌だ、営利は嫌だという人たちも非常に多いわけでありますので、NPOの役割も更に拡大していかなければならないと思います。
政治のほうも、政治献金を少額で多くの人が出す。それで、お金はないけれども、政治的能力のある人に政治をやってもらおうというのが、政治献金の思想でございます。ご参会の皆様方のそのようなご思想で、私は金は全くありませんが、お陰さまで政治をやらせていただいております。それも株式会社の思想と似たような思想だと思っているところでございます。
最後に、民営化については、犯罪対策に民の力を入れるということを、もう少しやっていただきたかったと思います。レジュメでは、(8)に書いてございます。これが民営化の問題についての、よい点と悪い点だと思います。郵政民営化のときにも申し上げました。NHKでも申し上げましたが、純粋株式会社だけではなくて、特殊会社というものを大いに活用していくということも含めて、考えていったらよかったのではないかと思います。
派閥解体と大臣を短期の名誉職から長期の実力大臣に替えた。「自民党をぶっ壊す」ということの大きな一つの中身だったと思います。これは見事であったと思います。しかし、結局、森派が肥大化する結果になってしまう。残念なジレンマになってしまうのですね。それから、実力大臣いうのは、どうも二世、三世が非常に多いということでありまして、吉田茂のように、「毛並みのいい人が好きだ」と。やっかみ根性かもしれませんが、そういう気がいたしますが、それはともかくとして、一年でパッパッと替えることは、決して実力大臣を産まないということでありますので、これは大したものだと、私自身は思っております。もう少し力のある人がなったら、もっと大したものだったなという思いでございます。
それから、官僚と政治家の力関係で、官僚の力を強くして、政治の力を弱くしたのは、明治の元勲の山県有明であります。官僚は悪いことをしなければ決して更迭されないという法律を作ったということであります。しかし、その力関係を、小泉さんはこれまでのどの総理よりも見事に変えてきたと思います。大変厳しい面もありましたが、見事に変えてきたと思います。
しかし、それとともに、今までの官僚は、官僚やくざと言われるような大物官僚がありまして、性根を入れて、これは政治家が何と言おうと、マスコミが何と言おうと、絶対やるのだということをやってきた官僚がございました。このような肝の座った政治家、すごみのある政治家が逆になければ、従来のシステムよりも必ずしもよくないということであります。しかし、そういう政治家が出てくれば、今の政治主導というのはいいのではないかと思います。
人口問題につきましては、吉武元局長からもお話がございましたし、またご質問もございましたが、少子化対策については、小泉さんは特に皆無といった感じでございましたが、これは次代の課題でありまして、消費税四%、十兆円を充てるくらいの覚悟があればできる。あの政策がいい、この政策がいいといっても、誰にでも適用できるような政策はないのです。田舎に行けば、先ほどお話ございました、農業をやっていて子供が二人よりも三人、四人のほうが楽しい、五人のほうがもっと楽しい。ここに一人五万円出れば全然違います。ですから、各都道府県に「少子化対策をやりなさい。それに対して国は九割補助しますよ」ということで十兆円を使えば、これはものすごい効果が出ます。
あれかこれかの時代です。あれもこれもやるけれども、個人には選択させるという時代ではないかと思います。
憲法と教育法の全面改正は行われてまいりました。なかなか実現にはこぎつけていないようですが。
道州制の導入も議論されておりますが、導入するならば、連邦制として導入すべきだということをはっきりさせるべきではないかと思います。ドイツも連邦制であります。アメリカも連邦制であります。
ついでに余計なことながら、「中国もいいかげんに、省単位に連邦制にしたら」と、この間、中国の参事官に言ったのですが、中国の参事官は、「少数民族が沢山いるからだめだ」と言うのです。「どのくらいいるのだ」と言ったら、「七%いる。九三%が広い意味での漢民族だ。七%が少数民族だ」と言うのです。「七%ならいいじゃないか」と言ったら、七%でも九千百万人ぐらいいるわけです。ですから、断る理由ではありましょうが、しかし、いずれ中国が各省単位に連邦国家になって、それが自由主義国家であって、その一つに台湾が入れば、中国・台湾問題は解決すると思います。
「凶悪犯罪対策に抜本的な対策を!特に民間の力を活用」してはどうかと。イギリスの警備会社などが一つのモデルでありますが、先ほど申し上げたことでございます。そういうこともこれから取り組まないと、大変な時代になってくると思います。
外交は、「ブレアはブッシュ大統領のプードル犬と言われているが、私はブッシュに会ったら千切れんばかりに尾を振っている」と。これは小泉さんが言った話と報道されておりましたが、恐らくこのようなことは言われなかったと思います。千切れんばかりに尾を振るのはいかがかと。やはりアメリカに対しては、日本は小なりといえども、大なるものに背を向けない。大なるものにお世辞を言ってへつらわない。堂々と国益を言い、堂々と国際正義を言い、アメリカに正面切って言う。しかもアメリカとの友好を高める。アメリカはそういうものを受け入れる度量を持った国だと思っております。一九〇〇年前後の話でありますが、武士道の本がアメリカでものすごく読まれたということも、それを示しているところでございます。
中国、韓国と靖国神社参拝、領土問題は、中国は二〇二五年に現在の四倍の軍事力にすると言って、毎年二桁の軍事費増強をしております。靖国神社をいろいろ言うのは、これは日本のメディアが反応するから面白いと。「これを言っていれば、日本は困るから面白い。我々の外交上有利だ」ということで言っているのではないか。
韓国は、十年以内に北朝鮮と祖国統一するのではないかと思います。人口約七千万人の核保有国が登場してくると考えたほうがいいのではないかと思います。核問題は、今厳しくやっておりますので、核保有国でないかもしれませんが。
ロシアは北方領土問題があり、資源大国として台頭。米国と対抗できる国になろうとし始めているということでございまして、共産主義国とのつき合いを深めております。
防衛は、抑止力として核弾頭を持たないミサイルの保有が必要ではないかということでありまして、アメリカは、核弾頭を外して、ミサイルを持って攻撃に使っていますが、日本はそのようなことをする必要はありません。日本はもう平和であって、貿易さえすれば、立派に国が栄えられるわけですから、他国を攻めたり、占領する実益が全くない。マイナスばかりであります。しかし、今のような議論を続けていると、日本というのはおめでたい国だと侮られて、攻撃され、占領される可能性は十二分にあると思います。ほとんど無傷で日本を獲得すれば、なかなか使い勝手がある国だと思います。
「A lot of money for little defense」というのは、これはタイム誌に昔書いてあったのですが、沢山金は使っています。世界で四番目か五番目ぐらいです。しかし、防衛にはほとんどなっていない。それはもうミサイルがないからです。
集団的自衛権は行使できるということもはっきりさせなければいけないし、国連からの要請を受けて多国籍軍に参加する、という憲法解釈を法律で定めるということもしなければならないと思います。これはされませんでしたが、次の政権の課題として取り組まれると思っております。
そういうことで、最後の結論でございますが、総裁選の勝敗を決めるのは、繰り返しになりますが、国民の支持率である。世論の欠陥を補う代議制は機能しなくなっていると思います。
郵政民営化では、代議制が参議院で機能して否決したのですが、直ちに解散して、代議制ではなくて、直接民主主義に訴えた。代議制で問題にされたのは、一つの株式会社、特殊会社たる株式会社がいいのか、四分社化がいいのかということが問題にされたのですが、選挙では、株式会社か今のままかということが問題にされた。そういうずれが、直接民主主義と代議制ではございます。このずれをどう思うのか。ああいうときに解散をして、憲法上、それは推奨されることなのか、よくないことなのか、その議論は、あまりに大勝されたから、選挙する前はあったのですが、かき消されてしまったということでありますから、自民党自体がもう少ししっかりしなければいけない。イエスマンばかりが残ったという状況になってはいけないと思います。
政権交代を日常的にやる日本は是か否か。こう見てまいりますと、この欠陥を補うのは政権交代である。失敗すれば政権が替わるということは非常に大きなことであると思います。小泉さん自体は、イギリスに留学していましたから、政権交代、二大政党論者だと思います。小泉自民党を選ぶのか、それとも岡田民主党を選ぶのか。そして、あるいは前原民主党を選ぶのかというふうに、選挙のとき、いろいろ演説したのです。それを見まして、私も多少そういう面があるのですが、あるベテラン代議士が怒っていまして、「小泉さん、あの大根役者が、私の政権を選ぶのか、岡田政権を選ぶのかと、あんなことを言うから、民主党が政権担当能力があると、国民が誤解するではないか」と、ものすごく怒っていたのですが、しかし、二大政党の国、イギリスを見てきた小泉さんは、もうあっけらかんと、「それは当たり前なんだ。いいほうを選びなさいよ。これが選挙なんだ」と言ったと。
しかもマニフェスト選挙の時代でありますから、やはり政権交代のある日本、是であると。そのときに、どちらに付くのかという問題があると思います。それは、今の時代の課題の中で、私自身が果たすべき役割は何かということをしっかり見極めて考えていきたいと思います。いずれ、英米のごとく、八ないし十年単位で政権が替わる。二大政党の時代が来ると思います。政権交代、二大政党の時代というのは、ある意味で魔法の言葉であります。しかし、その二大政党、あるいは二大政党勢力のいずれもの能力をあるレベル以上に高めないと、国民にとって不幸になると思います。現在の政権政党の力を強めるのか、それとも対立政党勢力の力を強めるのか、どちらが時代の課題にしっかりと取り組んでいるのかということは、じっと見極めていきたいと考えているところでございます。
私個人としましては、繰り返しになりますが、四期十二年やらせていただきましたので、単純に議員に戻るというのではなくて、「神は必要なものに使命を与える。使命なき者は取り去りたもう」。命も取り去りたもうのだと思いますが、そういう信念の下で、これは私の母親が、私の幼児期に繰り返しすり込んだことでございます。それが神であり、人生なのだよ。何も恐れるなということを教えてくれました。その母親の精神を、教えはしっかりと、今こそ胸にしっかりと抱いて、必ず道が開けることを信じて、前進を続けていきたいと思います。日本のため、岡山のため、世界のために、何者も恐れず前進してまいりたいと思います。
ご参会の皆様方が本当にお支えをいただき、またいろいろなアイデア、いろいろな考え方で私に知恵を授けていただいて、お支えいただいておりますことに、心から感謝を申し上げて、今日のご報告を終わらせていただきます。ありがとうございました。(拍手)
司会 ありがとうございました。長時間にわたりましてご静聴誠にありがとうございました。お時間も参りましたので、このあたりで「経済・保健福祉研究会 第五十九回セミナー」をお開きとさせていただきます。
本日は誠にありがとうございました。(拍手)